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梅の香

あすから、沖縄に参ります。

 

北中城教室での指導者募集説明会(11日午前)、言語講習会(11日午後)、
マザーズスクール説明会(13日午前)

宜野湾教室での国語学習会(12日午前)
などを行う予定です。

 

また、高原(沖縄市)にも、新しくお教室ができる予定で、
その講習会も、11日(木)12日(金)と行います。

 

沖縄には、「梅の香」という民謡があるそうですね。
音符春や花盛り 野ん山ん咲ちゅい 種々ぬ花ぬ 咲ちょる美らさ

   

(そうそう、茨城・水戸にもお教室があって、「梅香」というすてきな地名がついているんですよ。)

 

もう、沖縄の梅の花の季節は終りでしょうか。
一足先の暖かな春を楽しみに参ります。

お近くにお住まいのみなさま、遊びにいらっしゃいませんか。

 

(今回の写真も、亀戸天神のものです。梅は今年、百草園などにも行きました。
 早咲き、中咲き、遅咲きと、1月から3月の長い期間を楽しむことができました。)

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春の節句

きょうは、桃の節句。
旧暦であれば、3月3日は桃の花が咲く時期ということでしょうか。
でも、今は、桃の花より梅の花?

 

きょうは、千歳台教室での「お母さんの国語教室」でした。
ご参加くださった在籍保護者のみなさま、近藤先生、ありがとうございました。

また、近くの桜丘教室の藤田先生も遊びに来てくださいました。

 

千歳台教室からバス停までの道には、いくつもの梅の木があって、ちょうどきれいな花を咲かせて
いました。(今回の梅の写真は、亀戸天神のものですが…)

 

春の陽気に誘われて
帰りは、行きとは違うルートのバスに乗り、車窓の風景を楽しみました。
(千歳台教室は、小田急と京王線が並行に走る、そのちょうど真ん中あたりにあるので、
どちらからでも行くことができます。)

同じ道を、藤田先生は、お散歩を楽しまれたようです。

 

毎週(水)の午後は、鈴木研究室です。
勉強の合間の、きょうのおやつは、桜もち。

桜もちをいただきながら、
日本人は、和菓子もそうですが、少し先の季節感を楽しむというのが好きですね~と。
そうすると、終り間近の梅の花ではなく、やはり桃の節句というのがふさわしいのでしょうか。

 

桃の節句に、梅と桜(もち)、春らしい一日となりました。

 

来週は沖縄/北中城教室、来月は東京/さやま教室に参ります。
みなさまとお会いできるのを楽しみにしておりま~す。

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川は生きている

きょうの桜は、河津桜です。

 

この桜の原木が発見された、伊豆半島・河津町の地名が由来で、
今のこの時期は、ちょうど、桜が満開で、町は観光客でにぎわっているはず。
でも、これ以外の場所でも、河津桜は見ることができます。
(植えられている本数は比べものになりませんが…)

 

今回の写真は、江東区と江戸川区と墨田区の境を流れる「旧中川」沿いに咲いた河津桜です。

 

「旧中川」というからには、「新中川」もあり、ただの「中川」もあります。
この3つ、同じような地域を流れています。

 

地図を見ると、今は荒川を挟んで、二本に分かれてしまっている、「旧中川」と「中川」は、
一本の流れに繋がりそうです。
もともと、この旧中川と中川は一本の川で、『中川』と呼ばれていたものなのだとか。
それが、荒川によって分断されて、下流の方が「旧中川」と呼ばれるようになり、
「新中川」の方は、「中川」の途中から、新たに開削されて分かれた川なのだそうです。

 

と、この川のことをいろいろ調べて書いてみたものの、頭が混乱してきて、よく整理できません。
(だから、上の説明は一部間違っているかもしれません。)
人工的に流れを変えたものや、開削されたものなど、さまざまな変遷を経ているんですね。

 

利根川、荒川、隅田川、江戸川など、東京に住むようになって、関東の川の名前がなんとなく
わかるようにはなってきましたが、まだ、電車が鉄橋を渡っても、とっさには、そこが何川なのかが
わかりません。

  遠くには、建設中の東京スカイツリー

その流れが歴史的に変わってきているということ、以前は、○○川と△△川は上流で
つながっていたとか、ここからここは河川氾濫に対処するために人工的に作られたものだとか、
当然のことなのですが、川は固定ではないんですね。川の流れは生きているんだなぁと改めて
気づかされるのです。

  旧中川

数教研の0D教材(名詞述語文)の「(    )川です。」の文と、
読み方教材「あほろくの川だいこ」を思い出します。
この二つ、国語の勉強でありながら、地理であり、歴史であり…
奥が深そうです。

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お母さんの勉強室in南青山

数教研・南青山教室(小口先生)では、以下のような「お母さんの勉強室」(4回シリーズ)を開催
いたしました。

  四葉第1回 算数学習に必要な概念の学習 ~算数嫌いにさせないために~
      (内容対象:年長、小1、小2)

  四葉第2回 初等数学としての算数の学習 ~意味をきちんと理解する~
      (内容対象:小3、小4、小5)

  四葉第3回 数学的リテラシーと数学教育 ~高校数学までを考える~
      (内容対象:小6、中学生以上)

  四葉第4回 認識思考の発達と国語の学習 ~今、国語教育に求められるもの~
      (内容対象:全学年)

わたしは、この第4回目(国語)でお話をさせていただきました。
勉強会のあと、小口先生より、つぎのような感想を兼ねたご報告を、SNSの日記にいただきました


  女性楽しく終了いたしました。

  言葉ってなんだろう。なぜ国語教育として言葉の教育が必要なのか。
  学校や受験塾と違う国語教育は何を目指しているのか。

  ものの見方、気づき、考え方、すべての言語に共通する文法etc.、話題にはことかきませんが、
  限られた時間の中で、子どもの認識や発達に言葉の教育がどのようにかかわっているのかを
  考えていただけたと思います。

  お母さま方にも、動詞述語文、名詞述語文、形容詞述語文に主語を入れる問題をやって
  いただいたのですが、簡単そうに見えて実は難しいということを実感していただきました。

  そして、なぜこの問題が難しいのか、この問題に向き合うことで子どもにどのような気づきを
  促しているのかをわかっていただけたと思います。

  来年度もまたおかあさんの勉教室をやりますね、と締めくくりました。

  まずは、お母さんにも楽しく学ぶことを実感していただくのが一番です。



3・4月と、世田谷区・東大和市のお教室でも、「お母さんの勉強室(国語)」を開催いたします。
お近くにお住まいの皆様のご参加をお待ちしております。
お気軽にお越し下さい。

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見えている?

今回の桜は、寒桜です。
つい最近まで、桜といっても、3月下旬から4月上旬に咲く、ソメイヨシノのことしか知りません
でした。
桜には、何百種類もあって、1月から咲き出すもの、中には秋に咲く桜もありますが、
こんなにたくさんのいろいろな種類の桜があるとは、最近までまったく知らなかったのです。

その種類と咲く時期を知るようになると、ああ、あの道には、そろそろあの花が咲くかなと、
今まで無意識に歩いていた道も、新たな視点で見ることができるようになります。

 

何かを知ることで、見えてくるものがある。

 

むかし、いろいろな人に地図を描いてもらい、その人の興味によって、その地図がどんなふうに
違ってくるのかという研究について聞いたことがあります。

たとえば、本を読むのが好きな人は、書店などを目印に描くけれど、花が好きな人であれば、
花屋を目印に描く、というふうに、その人の興味によって、意識し、記憶する場所が違ってくると
いうようなものだったと思います。

同じ道を歩いていても、見えているものに違いがあるんですね。

 

具体的なモノが見える、ということだけでなく
そのモノの変化を利用して、別の見えていないものが見えてくるということもあるのかもしれません。

花の写真を撮るようになったわたしは、その見ごろの時期が、例年と比べて、遅いのか早いのか、
その違いからも、季節の変化、気候の変化を感じるようになりました。

先日の英語学習会では、「わたしは天気予報ではなく、庭木の葉っぱの変化で、寒さが厳しくなる
かどうか、気づくことが多いわ」という先生がいらっしゃいました。

 

庭木もなければ、庭木に対する知識もないわたしは、もっぱら天気予報で確認ですが、
そこで見る天気図。
あれも、見えないものを見えるようにしてくれるものといえるでしょうか。

梅雨前線とか、寒気団とか、(詳しくないので見当違いかもしれませんが)
実際の空には、目に見える線も幕もないはずですが、いろいろな情報を数値化することで、
その箇所を、線や幕として(NHKでは「春ちゃん」とか「冬将軍」とかいうキャラクターが登場して
います)表現してみせているのかもしれません。

  

ことばはもちろんですが、数学も、見えていないものを見えるようにしてくれる便利な道具だった
のかもしれないなぁと、テストのためだけに勉強していた時代がすぎて思うのです。

あの人には見えていて、わたしには見えていないもの。
同じ風景も、果たして、自分にはどこまで見えているのか。
せっかく見るのであれば、いろいろなものを、深く、じっくり味わいたい。

カメラという道具を通して、初めて見えるようになった、この桜の花のように
ことばや数学を通して見れば、今まで見えていなかった何かが見えてくるのかもしれない。
そんな楽しみのために、子どもたちといっしょに、わたし自身も、ことばや数学の勉強をしていき
たいなぁと思うのです。

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