2008,11,26, Wednesday 06:56 PM
真っ赤だなぁ
学校文法では、形容詞と形容動詞を違う品詞として扱っていますが、数教研では、同じ形容詞と
し、一方を「イ形容詞」、もう一方を「ナ形容詞」とよんでいます。子どもたちには、まず「イ形容詞」を
学習してもらい、つぎに「ナ形容詞」を学習します。
「イ形容詞」には、「大きい-小さい」「長い-短い」「高い-低い」など、算数指導とも関わって
くる概念が多く含まれています。
一方、「ナ形容詞」には、「おだやかな」「あざやかな」「さわやかな」といったことばが含まれて
います。子どもたちには、少し難しい概念です。算数や、ふだんの家族の会話にはほとんど出て
くることがなく、物語などで見聞きすることが多いことばかもしれません。
歴史的なことでいえば、イ形容詞の方が古く、その後、形容動詞が発達してきたそうです。
イ形容詞は新たに語彙を増やすことはありませんが、ナ形容詞は、「デリケートな」「ユニークな」と
いったふうに、外来語に「-な」をつけることで今でも新たに語彙を増やしています。
人類がことばを獲得し発達させてきた歴史と、子どものことばの発達が同じような道をたどるのだ
とすれば、やはり、小さな子どもにとっては、「-い」形容詞の方が獲得が早く、ナ形容詞の獲得は、
その成長を待たなければならないものなのかもしれません。
色をあらわす形容詞。日常生活で使う場合は、「黄色い電車に乗ったんだよ」とか、「赤いくつが
お気に入り」というふうに、他のものと区別する印として、「-い」形容詞を使うことが多いように
思います。
でも、旅行などに行くと、「きれいな空だね~」「真っ青な海だね~」「夕日が真っ赤だね~」
「雪で一面真っ白だよ~」というふうに、「-な」形容詞を使う機会が増えるような気がします。
区別の色ではなく、その程度の大きさというか、美しさに対する感動の大きさというか、
そんなものをあらわすのに、ナ形容詞を使っているのかもしれません。

連休中、大山寺(神奈川県伊勢原市)が真っ赤に燃えているらしいということで、出かけて
みました。長蛇の列と、大渋滞をぬって、たどり着いた大山寺は、本当に真っ赤でした。
こんなときこそ、「真っ赤だなぁ」はつかわれるんだなぁと思った、大山詣でした。
(つづきは、SNSの日記で…)

もみじの葉っぱが真っ赤だなぁ
し、一方を「イ形容詞」、もう一方を「ナ形容詞」とよんでいます。子どもたちには、まず「イ形容詞」を
学習してもらい、つぎに「ナ形容詞」を学習します。
「イ形容詞」には、「大きい-小さい」「長い-短い」「高い-低い」など、算数指導とも関わって
くる概念が多く含まれています。
一方、「ナ形容詞」には、「おだやかな」「あざやかな」「さわやかな」といったことばが含まれて
います。子どもたちには、少し難しい概念です。算数や、ふだんの家族の会話にはほとんど出て
くることがなく、物語などで見聞きすることが多いことばかもしれません。
歴史的なことでいえば、イ形容詞の方が古く、その後、形容動詞が発達してきたそうです。
イ形容詞は新たに語彙を増やすことはありませんが、ナ形容詞は、「デリケートな」「ユニークな」と
いったふうに、外来語に「-な」をつけることで今でも新たに語彙を増やしています。
人類がことばを獲得し発達させてきた歴史と、子どものことばの発達が同じような道をたどるのだ
とすれば、やはり、小さな子どもにとっては、「-い」形容詞の方が獲得が早く、ナ形容詞の獲得は、
その成長を待たなければならないものなのかもしれません。
色をあらわす形容詞。日常生活で使う場合は、「黄色い電車に乗ったんだよ」とか、「赤いくつが
お気に入り」というふうに、他のものと区別する印として、「-い」形容詞を使うことが多いように
思います。
でも、旅行などに行くと、「きれいな空だね~」「真っ青な海だね~」「夕日が真っ赤だね~」
「雪で一面真っ白だよ~」というふうに、「-な」形容詞を使う機会が増えるような気がします。
区別の色ではなく、その程度の大きさというか、美しさに対する感動の大きさというか、
そんなものをあらわすのに、ナ形容詞を使っているのかもしれません。

連休中、大山寺(神奈川県伊勢原市)が真っ赤に燃えているらしいということで、出かけて
みました。長蛇の列と、大渋滞をぬって、たどり着いた大山寺は、本当に真っ赤でした。
こんなときこそ、「真っ赤だなぁ」はつかわれるんだなぁと思った、大山詣でした。
(つづきは、SNSの日記で…)

もみじの葉っぱが真っ赤だなぁ
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