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お母さんの国語教室in札幌

 先週24日~27日は、さわやか札幌ツアーでした。ツアーにご参加くださったみなさま、
ありがとうございました。お母様方や子どもたちとの新しい出会い、北海道の先生方とのうれしい
再会がありました。

 札幌の先生方は、みなさん勉強熱心ですね。この4日の間に、2・3回と連日、学習会や
国語教室にご参加くださった先生方。遠方からかけつけてくださった先生方。
こんな先生たちの姿が、子どもたちに、学ぶことの楽しさを示してくれているのでしょう。

 

 さて、今回は、平岡公園教室の「お母さんの国語教室」にご参加くださったNさんの感想を
(別のところにお書きになっていたものを許可をいただいて)、こちらにご紹介したいと思います。


  女性 きのうは、Sさんのお誘いで、 お母さんの国語教室に参加しました。
    とても興味深かったです。
    Sさんから時々数教研の話を聞いていたので、面白そうとは思っていたけれど、
    昨日の先生の話は、新鮮!カルチャアショック!!
    国語も算数も子供の視野を、好奇心を、物を見る目を、心を育てる一つの道具、
    勉強は自分以外のモノに目を拓く体験だった!
    と言うことで、勉強は何のためにするのか?
    初めて明確になった気がします。
    将来困らないために、なんて思ったり言ったりしてましたが、
    ほんとは、もっと人間としての存在に関わることなんだ。
    このことを明確に捉えて教育をして行こうとしている人たちがいることに明るい光を
    感じます。
    今度は算数がどんな風に子供たちの目を拓いていくのか、また話を聞きたいです。


 Nさん、ありがとうございました。

 この日は、語学教室などをされているというCさんや、美しが丘教室など数教研の先生方も
何人か参加され、わたしが一方的にお話をするというだけでなく、いろいろな意見が出て、
そのことで、お互いの問題意識が深まり、楽しい会となりました。

 翌日の豊平教室でも、「この続きが勉強した~いハート」という熱心な先生方の訪問があり、
この勉強会は続いたのでした。
 

 聞いてくださる人たちが興味をもって一生懸命聞いてくださると、話す方も一生懸命になります。
聞く人たちが楽しそうだと、話す方も楽しくなる。その反対も。相乗効果なんだなぁと思いました。

 指導者自身が、つまらなそうに、嫌そうに指導していて、子どもたちに「わかるって楽しいでしょ」
とは言えない。
 指導者自身が、「学ぶっておもしろいね」「知るって楽しいね」という気持ちでいることが、
まずは大切なんだなぁと思いました。だって、札幌の先生方は、本当に楽しそうに勉強しているん
ですもの。

 

 ことばも算数も、人間がものごとをどう捉え、整理してきたものなのか、その道筋をあらわした
もの。その道筋を示すということが、ことばや算数を指導するということなのかもしれません。

 テストや受験の科目だけに押し込めておくのはもったいない。
人間って何だろう、どんなふうに考えているんだろう、
そんなことを思いながら、ことばや算数を眺めてみるとおもしろい。

 

 ほしみ教室発寒16条教室でも、お母様たちとの新しい出会いがありました。
ありがとうございました。ほしみ教室には、花川北教室の先生も遊びに来てくださいました。
(今回の写真は、発寒16条教室の庭に咲いていた花。子どもたちが教室に来るのを出迎えて
くれているんですね。)

 ことばの教育は、国語の先生だけの専売特許ではありません。
みなさんが、ことばをつかう人間である以上、だれでも、そのことばについて考える権利が
あります。

 そして、お母さんという立場は、それが存分に発揮できる場所。
また、いっしょに、お母さんにもできる、お母さんにしかできない、ことばの教育について考えて
みたいと思います。ぜひ、つぎの機会にもご参加ください。

 そして、今度は、算数のお話もできればと思っています。
また、みなさんとお会いできるのを楽しみにしています。

  真駒内教室の近くで
 
 あした1日(水)は10:00~鷺沼教室で、9日(木)は10:30~みたけ台教室で、「お母さんの
国語教室」を実施します。お近くにお住まいのみなさま、ぜひ、遊びにおいでください。


 (次回のブログは、真駒内教室の「おやこ国語教室」です)

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花を植える人

 「木を植えた男」(あすなろ書房/J・ジオノ作)という絵本があります。
 
 フランスの山岳地帯に一人とどまり、何十年もの間黙々と木を植え続け、森を蘇らせた男。
その不屈の精神を感動的に綴る物語絵本。(あすなろ書房のホームページより)
 
 この春、岩崎京子さんからいただいた「花咲か」(石風社)は、江戸のまちに桜の木を植えていく
男の話でした。

   

 今回のこの写真は、服部農園あじさい屋敷のもの。

 ここの当主が、平成4年に、屋敷周辺にあじさいを植栽したのが始まりとかで、現在は、総面積
27,000㎡の屋敷に13,000㎡、150品種、10,000株以上のあじさいの花が、山の斜面
いっぱいに咲いています。

 もともとが観光地というわけでも、公的施設でもなく、個人の敷地内に植えたもの。
ですから、当然、そこへ行くための交通手段が整備されているわけではなく、マイカーか、一日に
数本のバス、もしくはタクシー。最寄駅から歩くと一時間くらいかかりますよ汗

 それでも、観光バスが何台もやってくる観光名所に。
服部のおじいさん、おそるべし。花を植える人。

 

 さて、きょうは、名古屋での国語学習会でした。今回は、この春、完成した漢字0K⑬教材の
発表のほかに、榎本先生による「あじさい色のおはなし会」を開催。語りの世界を楽しみました。
数教研の絵本教材「こすずめのぼうけん」と、ほかに昔話を2つ(&最後におまけでもう一つ)
語っていただきました。

 先生のお話は、ストーリーテリングといって、絵本をつかったり、声色を変えて演じたりするという
ものではなく、シンプルに、ことばだけを頼りに語っていくものです。感情もなるべく抑えて語るよう
にしているのだそうですが、そのことが、一層、ことばの本来もつ力を感じさせるものでした。

  

 とくに、「こすずめのぼうけん」は、数教研でも絵本教材になっていて、絵本で読むときと、耳で
聞くときの、その違いがはっきりとわかりました。絵本を見ているときは、その絵は止まったままの
映像として、目に映っているのですが、耳で聞くことばは、頭の中に、動く映像として、そのイメージ
を、豊かに、そして自由に映し出します。

 そして、そのことばは、わざわざ演じなくても、シンプルに語っていて、十分にイメージを喚起
させるものでした。ことばの力ってすごいなぁと改めて思いました。そして、それをつかって、
豊かにイメージできる人間って、すごいなぁと。

 ことばは、まずは、文字よりも先に音声があった。そのことを改めて思いました。

 

 わたしたちは、文字が読めるようになった子どもに、「もう字が読めるんだから、自分で
読みなさい。」とよく言いますが、ただ、そうやって文字を読むことよりも、まず、耳で聞くことの
方にこそ、ことばの力、物語の魅力を感じることができるのかもしれません。

  

 「伝え合う力を高める」ということが指導要領に入ってから、学校では、発表するとか、討論する
とか、自分から発信するという行為が重要視されているようですが、一方で、相手の発したことば
をじっくり聞くという行為はほとんどなされていないような気がします。

 本を読むとか、問題を解くとか、そういうことの前に、十分に語って聞かせてもらう。そういう行為
が、まず何よりも必要なのかもしれません。それこそが、ことばの力と、物語の魅力を知る体験に
なるのだと思います。
  
  

 これは、幼い子どもに限ったことではなく。
 わたしたち大人も、そうやって、耳で聞くことばというものから遠く離れてしまっているんだなぁと
思いました。語りの世界は、ことばの本来もっている力を再認識させてくれるもの。
ことばって、すごい。

   

 榎本先生、きょうは、すてきな体験をありがとうございました。先生は、そうやって、子どもたちに、
(そして今日はわたしたちに)ことばの種を蒔く人。きょうは、きれいなあじさいの花が咲きました。

 

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雨ふり

 6月号の研究会だよりには、前回、ここに書いた「てるてるぼうず」の他に、雨の歌がいくつか
紹介されています。その一つ、「あめふり」(詩:北原白秋 曲:中山晋平)

 音符あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめで おむかい うれしいな
  ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン
 
 

 「じゃのめ」は「蛇の目」傘のことで、「中を白く周辺を黒・紺・赤などで太く輪状に塗って、蛇の目
模様を表した紙製の雨傘」(大辞泉)のこと。

  

 子どもの頃、小学校の教室の窓から、突然の雨を眺めていると、学校まで傘を届けに来る
お母さんたちの姿がよくありました。

  

 一方、傘をもたずに仕事に出かけた父親を、夕方、近くのバス停までお迎えにということも
ありました。そんなことを思い出す絵本。

 雨「かさ」作・絵:太田大八/文研出版

 女の子の赤い傘だけに色がついた、モノクロ、文字なしの絵本です。
二年前の「上野の森親子フェスタ」で見つけた本、この日も雨降りでした。


 雨の日も、また、親と子の楽しい思い出となり。
 
  

 お母さんにできること、お母さんにしかできないこと。
ことばを通した、お母さんと子どもの関係。

  
 
 ねこ札幌での「お母さんの/おやこ国語教室」の開催時間と場所が確定しましたので、
お知らせいたします。

  にくきゅう24日(水)15:30~17:00 「おやこ国語教室」 
         大谷地教室 (札幌市厚別区大谷地東4) 
  にくきゅう25日(木)10:00~11:30 「お母さんの国語教室」
          ほしみ教室 (札幌市手稲区星置1条)
  にくきゅう25日(木)15:30~17:00 「おやこ国語教室」
         真駒内教室 (札幌市南区真駒内緑町1) 
  にくきゅう26日(金)10:30~12:00 「お母さんの国語教室」
         発寒16条教室(札幌市西区発寒16条)
  にくきゅう26日(金)14:00~15:30 「お母さんの国語教室」
         ライブヒルズ町内会館(札幌市清田区平岡公園東3)
  にくきゅう27日(土)10:00~11:30 「おやこ国語教室」 
         豊平会館  (札幌市豊平区豊平6条)

 事前のお申し込みが必要です。数教研事務局までお問い合わせください。

  (すべてあじさいの仲間)

 さらに、7月には、鷺沼教室(川崎市宮前区)、みたけ台教室(横浜市青葉区)でも実施する予定
です。お近くのみなさま、ぜひ、あそびにお越しください。

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いつかの夢の空のように

 というのが、6月の研究会だより一面に載ったコラムテーマでした。
このコラムの中に、こんな記述があります。

  

  6月の降水量は、札幌51.4mm、東京164.9mm。

 北海道には梅雨がありません。アイヌ語の「サッ・ポロ」(sat-porp)は、[乾燥した土地]、
 手稲という地名はアイヌ語の「テイネイ」(teyne-i)で、[濡れている土地]だそうです。

  

 この札幌で、6月24日(水)~27日(土)の期間、「お母さんの国語教室」「おやこ国語教室」を
開催いたします。以下のお教室で行いますので、お近くのみなさま、ぜひ、遊びにお越しください。

  

  四葉24日(水)午前:大谷地教室 (札幌市厚別区)
  四葉25日(木)午前:ほしみ教室 (札幌市手稲区)
  四葉25日(木)午後:真駒内教室 (札幌市南区)
  四葉26日(金)午前:発寒16条教室(札幌市西区)
  四葉26日(金)午後:平岡公園教室(札幌市清田区)
  四葉27日(土)午前:豊平教室  (札幌市豊平区) 

 事前のお申し込みが必要です。
詳細につきましては、数教研(浜野)まで、お問い合わせください。

  

 さて、表題の研究会だよりのコラムテーマ「いつかの夢の空のように」は、つぎの歌詞の一節
です。

  音符てるてる坊主 てる坊主
   あした天気に しておくれ
   いつかの夢の 空のよに 晴れたら
   金の鈴あげよ

  (堀切&小岩菖蒲園)

 札幌の爽やかな空のもと、みなさまとお会いできるのを楽しみにしております。

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雨の日文庫

 6月に入りました。梅雨の季節到来ですね。
みなさんは、雨の日、どんなふうにすごしていますか?
 
雨の日文庫」というのがあります。「青空文庫」(無料公開の電子図書館)というのもありますが、
「雨の日」も「青空」に負けないくらい、すてきな名前ですね。雨音を聞きながら、物語の世界に
浸るひととき。

 

 この「雨の日文庫」に「かめさん」(林芙美子)というお話があります。
以前、このお話の中の「カエルの合唱が聞こえます。」という表現に注目して、子どもがどんな
ふうにイメージしているのだろうと思い、「カエルの合唱を聞きます」という表現との違いについて
聞いてみたことがありました。

 女性ある小6の女の子の答え
  「~が聞こえます」…遠くのこと
  「~を聞きます」…近くのこと

 なるほどなぁと思いました。「聞こえます」は、登場人物の背景となっている部分を「遠くのこと」と
いうふうに説明し、「聞きます」の方は、登場人物の動きとして「近くのこと」と説明しているんですね。

  

 先月5月の指導者向け国語学習会では、数教研の読み方教材になっている絵本『こすずめの
ぼうけん』をとりあげました。

 このお話の中には、「こすずめは、…を見ました/見つけました」ではなく、「…が、見えました」と
いう表現が多くつかわれています。こすずめの行動を順々に述べていく中で、こんなふうにして
情景描写をはさんでいるんですね。
 
  

 昨年度の国語学習会で、動詞の現在形・過去形についてとりあげたとき、動詞を大きく4つに
分けて考えてみましょう、ということで、つぎのような区分を出しました。
(動詞の分け方がいつもこうなるということではなく、現在形・過去形の用法を説明する上では、
こんなふうに4つに分けてみると、特徴がわかりやすいですね、ということでした。)

 ①動作を意味する動詞…書く・食べる・歩く・走る・流れる・まわる
 ②変化を意味する動詞…死ぬ・割れる・ふえる・曲がる・乾く
 ③存在を意味する動詞…いる・ある
 ④状態を意味する動詞…大きすぎる・長すぎる・見える・聞こえる
                                  テキスト『新版日本語学の常識』P59

  

 この学習会のときには、「大きすぎる」「長すぎる」は動詞なのか?ということが問題になりました
が、今月の学習会では、「見える」「聞こえる」を通して、また違った観点で、この④を眺めることと
なりました。
 
 物語文などを読んでいると、登場人物の行動を①を中心に記述し、②③④と情景描写に
使われることが多いんだなぁという印象。動詞だけれど、動きではなく、状況・場面の説明に近い
のかもしれません。

  

 今月の名古屋学習会では、この『こすずめのぼうけん』の語りを、E先生にやっていただく予定
です。E先生は、ストーリーテリングの活動もされていて、幼稚園や小学校などで、この『こすずめ
のぼうけん』を語られたご経験があります。愛知近郊のみなさん、ぜひ、遊びにお越しください。
雨の日、語りのひとときを楽しみませんか。

 (写真は、堀切菖蒲園に続く、あじさい通り、など)

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