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ハンドベル

 きょうは、クリスマスですね。みなさん、いかがおすごしですか。
クリスマスの過ごし方にはいろいろあると思いますが、わたしは、12月に入って、ニ度、
ハンドベルのコンサートに行ってきました。

 ハンドベルとは、教会のタワー・ベル(チャーチ・ベル)の練習をするために、生まれた楽器
 …だそうです。


   一つのベルは一つの音程の音しか出すことができないので、曲を演奏するには2オクターブ
  (25個)から6オクターブ(73個)のベルを用意します。また一人で4~5個を受け持つので、
  音域によって8~15人でチームを作ります。

   リンガー(ベルの奏者)は一人一人全部が異なる音を受け持つので、演奏には一人も欠ける
  ことができません。練習や演奏することで責任感、集中力、協調性を養うことができることから
  教育楽器としても注目されています。                
                                        (日本ハンドベル連盟HPより)



星プラネタリウムでハンドベル

  星空を見ながら、ハンドベルの演奏を聞くというコンサートに行ってきました。
 本来、外でハンドベルを演奏すると、音が広がっていってしまって難しいのだそうですが、
 プラネタリウムの中であれば、星空を見ながら聞くことができます。すてきなアイデアですね。
 演奏は、女子大のハンドベルクワイア(14名)のみなさんでした。手元にわずかに明かりを
 つけていたようですが、暗闇の中で演奏するというのはたいへんだったでしょう。
 1時間のすてきな星空散歩でした。


星教会でハンドベル

  都内のハンドベル教室の、二つのグループの演奏をたっぷり2時間(最初の30分は
 マンドリン演奏を)楽しみました。
 
  二つのうち、一つのグループは、5人ほどだったでしょうか。上記の説明だと8人以上で
 チームを作るとありますので、かなりの少人数だといえます。その分、一人当たりの担当も多く
 手元がものすご~く忙しく動きます。だから、小さなミスもありましたが、それもご愛嬌。
 みんなで、一つの曲をつくり上げているんだという、そんな楽しさ(でも顔は必死汗)が聞いて
 いる方にも伝わってきて、あったかい演奏会でした。
 
  定員50名のはずが、大幅な定員オーバー、追加のイスも足りなくなるほどの大盛況で、
 ハンドベルとその動きを間近に見て、聞いて、みんなで音をつないで楽しんだ2時間でした。

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冬の新着情報

ねこ 遠山啓の教育思想と実践「子ども、ばんざいだ!」

  小口鈴実さん(東京・南青山教室)の論文を「遠山啓の教育思想と実践
 『子ども、ばんざいだ!』」という書名で出版することができました。原題の「遠山啓における
 教育の思想と実践-競争原理を超えて『観』形成の教育へ-」というテーマがしめすように、
 これは遠山啓の教育思想を遠山の実践をとおしてあきらかにしようとしたものです。

  遠山啓についてのこのような観点から書かれた論文は、これまでになく、おそらく、これからも
 書かれることはないでしょう。そのように考えると、この論文は、大きな意味をもちます。

  わたしたちは、数教研の教室で「水道方式と量」による教材をつかって子どもたちに数学を
 教えています。わたしたちが、数学教育の現代化を説き体系的な数学教育を展開した
 遠山啓の思想を知ることは、水道方式と量の理論を学ぶことと同様に重要です。

  水道方式の卓越性は、子どもたちに支持され、多くの保護者の理解を得ていることによって
 実証されています。遠山啓の実践に学び、その思想を理解すれば、数とは何か?
 演算とは何か?ということも、現代化と関数を学ぶ意味も明確になるでしょう。

                                    (上村浩郎/研究会だより12月号より)


ねこ edu(2月号)

 算数の壁、突破法
 親子で読もう! 子どもの「なぜ?」に答えられますか

  Q じゅうさんは「103」と、かいちゃいけないの?
  Q 1×9と9×1はおなじなの?
  Q 0×3の答えは、どうして0なの?
  Q わり算で、なにかを0でわると、答えはどうなるの?
  Q 分数のかけ算、分母同士、分子そうしをかけるのはなぜ?
  Q 分数のわり算は、なぜわる数の分母と分子を入れかえるの?

 数教研の取材を基に書かれた記事です。





女性 今年は、「コトバと数学の教育を考える」の出版から始まり、毎日新聞に、
 AERA with Baby、今回の「edu」、「子ども、ばんざいだ!」の出版と続きました。
 
 一人でも多くの方々に、数教研の存在を知っていただき、子どもたちにわかる喜びを!
 体験してもらいたいと思います。

 みなさんに知っていただくといえば、来年には、チラシもリニューアルされる予定です。

 チラシの撮影風景
 
 
 
 どんな笑顔にかっが写っているのでしょうか。それは見てのお楽しみ~
 2010年、新しい数教研がみなさんのもとに参ります。

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お母さんの勉強室<国語>

 9日(水)に、中央教室(新宿・本部)で「お母さんの勉強室<国語>」を開催しました。
お母様方に、数教研の国語教材に取り組んでいただき、わたしたちの書く文やことばの中に、
わたしたちの認識・思考がどんなふうに反映されているのか、いっしょに確認していきました。

 動詞述語文・名詞述語文・形容詞述語文のそれぞれについて、文作りをしたのですが、
とくに、名詞述語文に戸惑われるお母様がいました。
「子どもがやっているプリントを、大人のわたしがすらすらできないなんて…」などと思う必要は
ありません。
動詞述語文のときにはすらすらと書けたのに、どうして名詞述語文になると時間がかかるのか、
その理由をいっしょに考えてみましょう、という勉強会なのですから、その戸惑いや感覚を
大切にしてください。


☆           ☆          ☆          ☆          ☆


 そのお母様方が悩んだ文作り。
子どもたちが、これまでの学習でとりくんだ作品のいくつかをご紹介します。
                                     

 【動詞述語文】                           ※( )内は、わたしの心の叫び~

  ぼくは お母さんに おこられて さけんでいます。
      (ああぎょーんそのようすが目に浮かびます汗
  ぼくの花が さいています。
      (「ぼくの」という部分から、大切に育てているという気持ちハートが伝わってきます。)


 【名詞述語文】

  おかざきくんは ドッジボールが強い ともだちです。
      (スポーツが得意な憧れの友達でしょうか)
  さんまは 皮がきれいな さかなです。
      (わたしなら、「おいしい」と書いてしまいそうですが…)


 【形容詞述語文】

  とうがらしは ベロが赤くなるくらい からいです。
      (想像しただけで、涙の出てくる刺激です。)
  全校の教科書は 新しいです。
      (新学期でしょうか。教科書も気持ちも新たに。)
  エンタのかみさまは いろいろなげいにんがでて おもしろいです。
      (思いっきり笑うと、元気になれます。
       でも、いろいろな芸人が出てくるので、芸人は必死です?!)
  学校で 勉強しているときは しずかです。
      (勉強していないときはダッシュ
  ぼくは 外で あそぶくらい 元気です。
      (そうです! 家の中でゲームばかりしないで)
  家に 花があって あざやかです。
      (お母さんが飾っているのかしら花
  おばあちゃんの やさいは しんせんです。
      (おばあちゃんが愛情こめて育てた、採れたての野菜、おいしいでしょうね。)
  時代は 日々 新しいです。
      (子どもたちには輝かしい未来が続き、わたしには追いつけない進歩…)
  一生は ながいです。
      (子どもたちには輝かしい未来が続き、わたしには…)

 ※これらの作品は、かすがにし教室(福岡)、南青山教室(港区)、中央教室(新宿区)の
  子ども達が取り組んだものです。


 中央教室とかすがにし教室のお母さんの勉強室は、すでに終了していますが、南青山教室は
1月2月と続きます右学習会の日程  ご興味のある方のご参加をお待ちしておりま~す。

| 子どものことば | comments (0) | trackback (0) |

錦秋

 09年最後の紅葉は、本土寺(千葉)です。

  

昨年訪ねた大山(神奈川)は、一帯が真っ赤なもみじでしたが、今回の本土寺は、まさに、
下この歌にあるような、「裾模様」に「織る錦」。

   音符秋の夕日に 照る山紅葉
    濃いも薄いも 数ある中に
    松をいろどる 楓や蔦は
    山のふもとの 裾模様

    渓の流れに 散り浮く紅葉
    波に揺られて 離れて寄って
    赤や黄色の 色さまざまに
    水の上にも 織る錦

  

 「錦」とは、種々の色糸を用いて華麗な模様を織り出した織物の総称
 「錦秋(きんしゅう)」とは、紅葉が錦(にしき)の織物のように美しい秋、のことだそうです。

 

 こんなに美しい世界があったのかと、自然ってすごいなぁと、ただただ感動感激の一日でした。
 
  
 
 さて、11月「いろは」で紹介した現代版いろはうたを見て、友人がつぎのような歌を作って
くれました。 

  

 星 げつか ほしと その みえぬ ふち まう てんによ あさき ねむりへ こいを たくせ 
    はやる おもひ ゆめなら わすれろ
    (月下 星と その見えぬ 淵 舞う 天女 浅き 眠りへ 恋を 託せ 逸る 思ひ 
     夢なら 忘れろ)

 いぬ あるひ もりの なか くまさん はや ねようと ちへ いえを ほつた 
    みろ むすめらに おそわれて ふゆ こせぬ けしき
   (ある日 森の中 熊さん はや 寝ようと 地へ 家を 掘った。
    見ろ 娘らに 襲われて 冬 越せぬ 気色)

 花 さよなら あきのひ まいおつ かえで ふゆへと むこう くぼちを そめろ
    やはり しみるね せんす ぬれた わけにも
   (さよなら 秋の日 舞い落つ 楓 冬へと 向こう 窪地を 染めろ
    やはり 沁みるね 扇子 濡れた 訳にも)

   

 すごいですね~。ひらがな一文字ずつでも、ちゃんとした歌になるんですね。びっくりぎょ

  近くの東漸寺にも立ち寄って

| 四季折々 | comments (0) | trackback (0) |

もみじする

 パソコンで「もみじ」と打つと、「紅葉」と出ます。
わたしは、「もみじ」は葉っぱ(カエデ)のことで、「紅葉」は「こうよう」と読んで、赤くなることを
意味する別々のことばだと思っていたのですが、同じことば?

  

 調べてみると、「もみじ」は、色が「揉み出づ」というような意味が語源の「もみず」という動詞
(の連用形)であって、色が変わる現象をさしているのだとか。つまり、「こうよう」も「もみじ」も、
同じように葉っぱが色づく現象をさすことばらしいのです。
 
  

 「こうよう」と「もみじ」の二通りの言い方があるというのは、漢語と和語の関係でしょうか。

 「紅葉する」と書いて、「こうようする」と同じように「もみじする」とも言える…らしい。

 

 もともとは同じ意味だったのが、だんだん、「もみじ」という言い方の方は、特に赤く色づく葉っぱの
代表であるカエデをさしていうことが多くなったということのようです。

  

 (厳密にいえば、赤く色づくのを「紅葉」、黄色くなる場合は「黄葉」と書くようなのですが。
  今は、赤い葉っぱが好まれますが、むかしは黄色い葉っぱが好まれて、「黄葉」と書いている
  ものが多いのだとか。)

  

 昨年は、真っ赤な大山のもみじを見に行きましたが、今年は、色とりどりのもみじを求めて、
平林寺へ。
平林寺には、武蔵野の面影を残す雑木林があって、国の天然記念物に指定されているそうです。

 みなさんも、もみじする秋、楽しまれましたか。

| 四季折々 | comments (0) | trackback (0) |

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