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ページ 1 of 4 *ろう・難聴教育研究会(旧・TC研)会報 第21号(2009年1月発行)掲載
聾学校教師のための言語学入門(13)算数の学習と言葉
矢沢国光(ろう・難聴教育研究会、数学教育研究会東川口教室)
聾学校の児童生徒の教科学習は、残念ながら、一般に遅れています。
かつては「ろう児には9歳の壁がある」と言われて、ろう児の言語力・認知力・学力が9歳レベルをなかなか超えない、と聾学校教師が嘆いたものです。
こうした状況は、早期教育の充実、手話の導入や聴覚口話法の発展もあって、ずいぶん改善されたと思いますが、「学力レベル」について言えば、まだまだ一般の小中高校のレベルには達していないように思います。
その原因は、さまざまあるでしょうが、今回は「言葉と学力」について、検討してみたいと思います。といっても、すべての教科ではなく、「算数・数学」に限ってです。
◇ことばが遅れるから算数が遅れる?
聾学校教師の中には、算数の遅れの原因を「言葉の遅れ」に帰する方が多いようです。「算数の授業は、教科書で進める。教科書が読めないと算数の学習に入れない」という考えは、多くの聾学校小学部教員の考えでしょう。小学部1年生の1学期は算数の授業に入らず、言葉の指導をしている、という聾学校さえありました。
また「計算は得意だが、文章題がだめ。文章が読みとれないから解けない」という嘆きは、どこの聾学校に行っても、聞きます。
「先生が聾学校に来たばかりで、手話が使えないから、先生の言うことがわからず、授業にならない」ということも、よく聞きます。
こうした見方は、ある意味では聾学校の「常識」になっているとさえ言えます。
この「常識」を実際の算数の学習の過程に即して検討することが、ここでの課題です。
◇「どちらが多い?」の理解
ひきざんには、「求残」、「減少」、「求差」がありますが、いちばん難しいのは、次のような「求差」の問題です【註】。
【註】銀林浩、どうしたら算数ができるようになるか、日本評論社2001では、引き算を(1)除去(皿にりんごが7個あります。3個食べたら残りはいくつですか。)、(2)求補(子どもが7人います。そのうち女の子は3人です。男の子は何人ですか。)、(3)基数の減少(子どもが7人いました。3人帰りました。何人になりましたか。)、(4)序数の減少(私は前から7番目です。弟は私より3番手前にいます。弟は前から何番目にいますか。)、(5)基数の求差(女の子が3人、男の子が7人います。男の子は女の子より何人多いですか。)、(7)序数の差法(私は前から7番目にいて、弟は前から3番目にいます。私は弟より何番あとにらるでしょうか。)の6つの型に分けています。(1)(2)が求残、(3)(4)が減少、(5)(6)が求差です。
(1)さちこさんたちは おたのしみかいを しました。子どもが 38人 あつまりました。45こあるおかしを ひとりに1こずつあげると おかしは なんこ あまりますか。[数学教育研究会の教材から]
この問題に対して、子どもは
38+45
としたり、
38-45
と書いたりすることがあります。わからないので、文の中に出てくる数字を、ただ足したり引いたりするのです。
なお、筆者は、数学教育研究会東川口教室という塾で、聞こえる小中校生に算数・数学を教えており、以下に出てくる例は、特に断らない限り、聞こえる児童生徒です。聞こえる子の場合どうか、ということが大切です。このことは、追々述べていくつもりです。
「求差」の問題の中でも、
(2)みんなで しおひがりに いきました。たかしくんは かいを 58こ きよしくんは 52こ ひろいました。どちらが なんこ おおいでしょう。
という問題の場合は、比べる二つの量がいずれも「ひろった貝のかず」という、同じものですから、「かずの大小」に還元するのが容易です。
ところが(1)の場合は、比べる二つの量が、
・子どものかず…38人
・おかしのかず…45こ
と、全く異なるものです。
「子どものかず」と「おかしのかず」の大小を比べるということが、わかりにくいのです。言い換えると「○○が多い」とは、どういうことかが、わかりにくいのです。
数学教育研究会の教材はとてもよくできていて、(1)には、ヒントが書かれています。「おかしは なんこ あまりますか」がヒントです。しかし、このヒントも、省略した文章なので、これだけでは、場面がイメージできないかもしれません。次のように書き換えれば、もっと場面がイメージしやすくなるでしょう。
(1)′さちこさんたちは おたのしみかいを しました。子どもが 38人 あつまりました。お母さんが おかしを 45こ もってきて、子どもたちに ひとりに1こずつあげました。 おかしは なんこ あまりますか。
下線が追加した部分です。こうすることによって、場面がイメージしやすくなります。
しかし、これでもまだ、よくイメージできない子もいます。文章が「お母さんが子どもたちにお菓子を上げる」といった経験と結びつかない子、そもそもそうした経験のない子もいるでしょう。また、何となくイメージできる子の場合も、そのイメージを身体を使って再現することによって、そのイメージを確認することが大切です。そのためには、次のように、かんたんな教具を使って、「おかしを子どもに1こずつあげる」ことを、模式的にやってもらいます[図]。
模式的に示すときは、数が大きいと煩瑣なので、一桁の小さな数に変えて示します。数が大きくても小さくても、立式のプロセスは全く同じです。小さな数で立式できた子どもは、大きな数に変えても、間違えずに立式出来ます。
(1)″さちこさんたちは おたのしみかいを しました。子どもが 3人 あつまりました。お母さんが おかしを 5こ もってきて、子どもたちに ひとりに1こずつあげました。 おかしは なんこ あまりますか。
子ども3人(紙コップを切って、顔の絵を描く)と、お菓子に見立てた木片5個。木片を紙コップに1こずつ入れていくと、2個あまる【図】。
T「子どもが3人いるよ」[紙コップを3こ並べる]。
T「お母さんが、お菓子を5こもってきました。」[木片を5個、図のように並べる]
T「子どもにお菓子を1こずつ上げてあげてください」
K[木片をコップに1こずつ入れる]
T「いくつあまった?」
K「2こ」
T「いまのことを式に書いてごらん」
K[5-3=2 と書く]
・子どものかず…38人
・おかしのかず…45こ
という異なる種類の量をただ提示して「どちらが多い?」と尋ねるだけでは、何が問題になっているのか、さっぱりわからないでしょう。
頭のよい子は、38と45という二つの数の大小を比較して、
45-38
という式を作ることができます。答は合っていますが、紙の上で「問題が解けた」ことと、実際に問題のイメージが描けた上で立式 することとは、ちがいます。
どこが違うかというと、数の比較だけの場合は、
45こ-38人
と立式しているかもしれません。足し算、引き算は、同種の量の間で成り立つもので、お菓子と子どもを足したり引いたりすることは、ほんとうは、出来ないのです。だから、答は合っていても、本当は正しく問題を解いてはいないことがよくあります。
引き算が出来るのは
(2) 45こ-38こ
または
(3) 45人-38人
です。
いまの場合、「おかしはなんこあまりましたか」と、おかしの数を問題にしていますから、(2)式になります。もし、「あと何人に上げられますか」という問題なら(3)になります。(2)の式が出てくるのは、
・子どものかず…38人
を
・子どもに一人1こずつあげたときのおかしのかず…38こ
へと、転換しているのです。大人はこの転換を無意識のうちにしているのですが、初めて「求差」を教わる子どもには、ていねいに教える必要があります。
このように「どちらが多い?」という問題は、現実の場面から数だけを抽象して比較する教え方に陥らないように、注意する必要があります。次のような問題は、どうでしょうか。
(4)花やさんにチューリップが73本ばらが90本あります。どちらがどれだけおおいですか。[数学教育研究会教材]
チューリップとばらをなぜ比較する必要があるのか、わかりません。
(5)′花やさんにチューリップが73本 ばらが90本あります。チューリップ1本とばら1本をあわせて、はなたばをつくります。どちらがなんほん、あまるでしょうか。
とすれば、なぜ比較するのか、「おおい」とはどういうことか[つまり、あまってしまって、もう花束を作るのに役立たなくなったばらの数]、わかります。
- 運動会の玉入れの「赤」の数と「白」の数…1対1に対応させる(あまった方が勝ち)
- 子どもの数と椅子のかず… 一つの椅子に子どもが一人座る(子どもが多ければ、座れない子が出てくる、つまり椅子が足りない)
- 一輪挿しの花びんの数と花の数…一つの花びんに1本の花を挿す(花の数の方が多ければ、花があまり、花びんが足りない)
のように、二つの異なるものが現実に1対1に対応している様子がイメージできることが肝要です。イメージできるかどうかは、1対1の必然性があるかどうか、模式的な活動によってイメージをたしかなものにすることが出来るかどうか、似たような経験を持っているかどうか、にかかっています。決して「言語力」の問題ではないのです。
・男子トイレの便器の数とおしっこをしたい男子の数
などというのも、わかりやすいかもしれないですね。
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